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お天気豆知識(2024年10月11日(金))

芭蕉忌(ばしょうき)
芭蕉忌(ばしょうき)

10月12日は松尾芭蕉(まつおばしょう)の命日「芭蕉忌(ばしょうき)」です。「奥の細道」で有名な松尾芭蕉は、1694年の10月12日、51歳にして大阪で亡くなりました。
芭蕉は、日本の各地を歩き、風光明媚(ふうこうめいび)な景色を、感情の動きや季節に合わせて詠んだ俳人です。それまでのものとは違った独自の俳諧、蕉風(しょうふう)を確立し、死後300年以上経った現在でも多くの人に親しまれる句をたくさん残しました。
芭蕉を慕う俳人達により、今でも毎年旧暦の10月にあたる11月12日には俳聖、松尾芭蕉をしのんで、京都府東山区にある芭蕉堂で、法要や句会が行われています。
芭蕉は全国の行く先々で、すばらしい名句を残しましたが、生前最後の句となったのは、やはり旅先での句で、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻(めぐ)る」でした。
また、芭蕉は、毎年のように時雨(しぐれ)を俳句に詠み続けたため、「時雨の詩人」とよばれていて、その命日は「時雨忌(しぐれき)」とも呼ばれます。
折しも芭蕉忌のころは、冬型の気圧配置が現れ始めるころでもあり、時雨の降る季節だったのです。
備考芭蕉の享年(51歳)は数え年です。

芭蕉と月見と天気
芭蕉と月見と天気

芭蕉はあらゆる季節の句を詠みましたが、月や月見に関する句も数多くあります。月見のために天気が気になるのは今も昔も変わりなく、「奥の細道」には、名月を望み、天気にやきもきする有名な記述があります。
旧暦1689年8月14日、北陸を南下中の芭蕉は中秋の名月を見るために、福井県の敦賀を目指していました。
どうしても月を見たくてたまらなかった芭蕉は、「明日(あす)の月雨占なはん比那が嶽(ひながたけ)」と詠み、あしたは月が見えるのか、「比那が嶽」(現在の福井県越前市の日野山(ひのさん))を見て、その雲のかかり具合から予想しようとしています。
結局、その夜はよく晴れて月の光がきれいだったことで、機嫌も良く、「月清し遊行(ゆぎょう)の持てる砂の上」と詠みました。この夜だけで、芭蕉は15句も月について詠んだといわれています。
そして、宿の主人に「あすの十五夜も今日のように晴れるのか」と聞いたところ、主人は「変わりやすい北陸道の天気では、あすの夜、晴れるかどうかもわからない」と答えました。
残念なことに主人の予測通り、次の日の夜は雨になってしまいました。そこで芭蕉は「名月(めいげつ)や北国日和(ほっこびより)定めなき」と詠んだのです。

過去のお天気豆知識

寄鍋(よせなべ)2026年01月11日(日)
御神渡り(おみわたり)・12026年01月10日(土)
鏡もち2026年01月09日(金)
冬の大三角形2026年01月08日(木)
凍り豆腐・12026年01月07日(水)
これぞ七草2026年01月06日(火)

各地の天気

お天気豆知識

寄鍋(よせなべ)

寄鍋(よせなべ)

1月も中旬に入り寒さも一段と厳しくなってきています。あたたかい寄鍋(よせなべ)が食卓にのぼる機会も多くなりました。冬の季語にもなっている寄鍋は、鳥、魚、野菜などを大きな鍋に入れて、煮ながら食べる料理です。もとは関東のとくに東京独特の鍋料理として明治中期からはやりだし、家庭でも盛んに食べられるようになったと言われています。寄鍋の材料は、鍋に入れる前にまずお皿の上に美しく盛り付けられます。入れる材料は種類が多いほど味が複雑になっておいしいと言われ、鍋の中に何が入っているか楽しみながら食べるため「楽しみ鍋」の別名もあります。ぐつぐつと湯気のあがる様子はいかにも風情があり、あたたかいうちに鍋から直接食べられるのは、まさに寒い冬にぴったりの食べ物と言えるでしょう。そして何といっても家族や仲間たちとおしゃべりをしながら寄鍋を囲めば、体だけでなく心まであたたまるのではないでしょうか。

御神渡り(おみわたり)・1

御神渡り(おみわたり)・1

1年で最も寒さが厳しいこの時期、凍りついた湖にジグザグと氷の盛り上がった道ができることがあります。これは御神渡り(おみわたり)と呼ばれる現象で、この現象が見られる所としては長野県の諏訪湖が有名です。諏訪湖の御神渡りの記録は、1443年から実に5世紀以上も残っています。なぜ、これほどにも昔から一つの自然現象の記録が残されていたのでしょうか。それは、御神渡りは神様が渡った跡とされ、古くから占いに使われてきたためなのです。諏訪湖畔には諏訪大社(すわたいしゃ)があり、湖の南側の「上社(かみしゃ)」と北側の「下社(しもしゃ)」の二つでできています。諏訪地方に伝えられている神話によると、「上社(かみしゃ)」に住む男の神様が、凍った湖の上を渡って「下社(しもしゃ)」に住む女の神様に会いに行きました。このとき歩いた跡が凍りついた湖面を南から北に走り、「御神渡り」と呼ばれるようになったのです。いまでも御神渡りができて、湖に張った氷の上に乗っても安全な状態になると、諏訪市の八劔(やつるぎ)神社では「御渡り拝観式」が行われます。そこでは、方向や長さ、高さなどの御神渡りの出来ぐあいによってその年の吉兆が占われるのです。

鏡もち

鏡もち

1月11日は鏡開きです。鏡開きとは、お正月に神棚や床の間にお飾りした鏡もちをさげて、食べ祝うことです。そもそも鏡もちは神と人とを仲介するものであり、一度神様にお供えした鏡もちをみんなで食べることで神からの祝福を受け、1年の幸せを願うのです。神に供える鏡もちには、それぞれの名前や形に意味があります。鏡もちのてっぺんに飾られている橙(だいだい)は、もっぱらみかんで代用するのが一般的なようですが、木から落ちずに大きく実が育つことにあやかって、家が代々(だいだい)栄えるように、という願いが込められています。一方、丸もちは、家庭円満をあらわしていて、重ねる姿には一年をめでたく重ねるといった意味もあるようです。また関西では、丸もちをめでたい日に食べることで生命力の更新を図ろうとしており、その丸い姿は心臓を形どったものではないかという説もあります。そのほか、裏白(うらじろ)と呼ばれる部分にはシダを使いますが、シダは古い葉とともに新しい葉も伸びてくるので、繁栄の縁起をかつぐものです。このように、鏡もちの姿や名前にも先人からの文化や信仰が残っているのです。