みなさんは、「五月晴れ(さつきばれ)」という言葉をどんなときに使いますか。文字通りの5月でしょうか、それとも6月の梅雨の時期でしょうか。
本来「五月晴れ」とは、「五月雨(さみだれ)」とともに日本の梅雨の天気を言い表した言葉です。
旧暦の5月はだいたい今の6月の時期にあたるため「五月雨」という言葉は現在の6月の雨、つまり梅雨の雨のことを指し、同様に「五月晴れ」は、雨の多い梅雨に現れる貴重な晴れ間のことを言っていたのです。
しかし最近では、澄み渡った5月の晴れについても「五月晴れ」と表現するようになっています。
いまでは「五月晴れ」を辞書で引くと、「梅雨の晴れ間」という意味と「5月の空が晴れ渡ること」という二つの意味が書かれています。この二つの意味を生むきっかけになったのが、旧暦と新暦の間にある季節のずれだったのです。
お天気豆知識(2026年05月26日(火))


旧暦とは、正式に太陰太陽暦とよばれるもので、月の満ち欠けをもとにした暦のことです。そして、新暦とよばれている現在の暦は、地球の公転によって生じる太陽の動きの変化をもとにした太陽暦(グレゴリオ暦)です。
日本が旧暦から新暦に移行したのは明治6年1月1日からで、この日は旧暦の明治5年12月3日に相当します。この改正により、およそ1ヶ月のずれができたわけです。では、なぜ異なる暦に改める必要があったのでしょうか。
その理由は、明治政府が新暦を使っていた外国との交渉に不便を感じていたからだといわれていますが、実は財政問題もその理由のひとつだったといわれています。
新暦にも旧暦にも、実際の季節と暦の間にできるずれを調整するため、うるう年が組み込まれます。旧暦のうるう年は3年に一度、うるう月とよばれる月が加わって1年が13ヶ月になります。
旧暦を採用していると明治6年はうるう年となって、明治政府は役人に13回給与を支払う必要がありました。そこで政府は財政のことを考え、新暦に切り替えることによって役人の給与を12回分に減らそうとしたのだといわれています。
さらに、明治5年の12月も2日間だけにしたため給与を支払うことはありませんでした。この結果、明治政府は合わせて2ヶ月分の給与を浮かすことができたのです。

