5月5日はこどもの日であると同時に端午(たんご)の節句でもあります。昔からこの日には菖蒲湯(しょうぶゆ)に入ったり、こいのぼりを立ててかぶとや人形を飾る風習があります。
この端午の節句はもともと中国で始まったもので、邪気を払うためのヨモギを摘みに行ったり、菖蒲(しょうぶ)を浸したお酒を飲んだりしていました。これはヨモギや菖蒲が強い香りを持ち、薬草でもあることから、邪気を払う力があると信じられていたためです。
平安時代にはこの中国の風習が日本へ伝わって、菖蒲やヨモギを軒に差したり、ちまきを食べたりするようになりました。
そして江戸時代になると、菖蒲は「尚武(しょうぶ)」、つまり武を重んじるという意味に通じることからかぶとや武者人形を飾ったり、男の子の立身出世を願って出世の象徴であるコイをかたどったのぼりをたてたりするようになりました。
男の子のお祭りという性格を持つようになったのも実はこのころからだったのです。
お天気豆知識(2026年05月03日(日))


5月5日、端午の節句の日には武者人形を飾るだけでなく、ちまきやかしわもちを食べたりもすることでしょう。この日にちまきを食べる習わしも、もとは中国から来ています。
昔、中国には「楚」という国があり、そこには内政や外交の才能に優れた屈原(くつげん)という忠臣が仕えていました。しかし、その能力をねたむ者たちが王様に屈原の悪口を言ったため、屈原は王様の信頼を失って追放されてしまいます。
その後、楚の国は滅び、それを知った屈原は紀元前277年5月5日、絶望のあまり汨羅(べきら)という川へ身を投げてしまいました。その死をあわれんだ人々が、水中で苦しむ屈原への食料にと、川にちまきを投げ入れて弔ったのが、この風習の始まりとされています。
また、かしわもちを包むカシワは日本において昔から神聖な木とされ、神事などにも使われていました。さまざまな樹木を守る神様、葉守(はもり)の神もカシワの木に宿るといわれています。
さらに、柏木といえば皇居を守る兵士のことを意味していることからも、かしわもちは男の子の節句にふさわしい食べ物だといえます。端午の節句にはいくつもの習わしがありますが、それぞれに深い意味があったのですね。

