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お天気豆知識(2025年04月19日(土))

穀雨(こくう)
穀雨(こくう)

4月20日は二十四節気の一つ、穀雨(こくう)です。
穀雨とは、春雨が降って百穀をうるおすころ、という意味で、このころは雨がけむるように降って田畑をうるおし、農作物の生長を助けたり、種まきに良い時期をもたらすとされています。
この時期は、私達にとっても過ごしやすい日が多いものですが、穀雨の次の二十四節気は「立夏(りっか)」、つまり夏のはじまりです。
晩春の季語に「春暑し」、「春の汗」という言葉があるように、この時期になると夏のような暑さに見舞われることもあります。
今の時期は日々の寒暖の差が大きいので、急な寒さや暑さにも対応できるよう春先の上着とともに夏服も用意しておく必要がありそうですね。

竹の季語
竹の季語

竹の子のおいしい季節となりました。竹の子は、一日に1メートルも伸びることがあり、その生長のはやさはすさまじいものです。
竹は前の年の夏から葉を通して栄養をため込みますが、春になると地下茎でつながっている竹の子にその養分を取られてしまいます。そのため、春の竹の葉は枯れたように茶色くなることがあります。
これは葉替わりといって、モウソウチクの場合は2年ごとに見られる現象です。
葉替わりをしている春の竹林は、周りの山々が新緑に包まれているのに対し、そこだけが茶色く落葉しています。そのためか、春の竹林のようすを「竹の秋」といい、春の季語になっています。
その後、春がすぎて竹の子も十分に生長すると、竹林には緑が戻ってきます。秋の竹は青々としていて、勢いが盛んになってきます。そのため、秋の季語として「竹の春」という言葉があります。
このような違う季節を含んだ言葉が季語になっているものはあまりありません。また、月の別称として、陰暦3月(今の4月ごろ)のことを「竹秋(ちくしゅう)」、陰暦8月(今の9月ごろ)を「竹春(ちくしゅん)」ともいいます。
少しまぎらわしい言葉ではありますが、趣が感じられますね。

過去のお天気豆知識

天気図の変化2026年03月13日(金)
街路樹2026年03月12日(木)
桜の名前の由来2026年03月11日(水)
春の渡り2026年03月10日(火)
うりずん2026年03月09日(月)
雪の果(ゆきのはて)2026年03月08日(日)

各地の天気

お天気豆知識

天気図の変化

天気図の変化

春になり、冬の冷たい季節風にかわって穏やかで暖かな風が吹くことが多くなりました。冬の風から春の風にかわると、日本付近に現れる天気図も変わってきます。冬は、等圧線が縦にならんだ西高東低の冬型の気圧配置が続きやすく、その結果、日本列島には冷たい北西からの強い風が吹きます。一方、春になると冬型の気圧配置はしだいに減ってきて、高気圧と低気圧が日本に交互にやってくるようになり、北西からの強い風が吹きにくくなります。さらに、冬に比べると日本列島にかかる等圧線の数はぐんと少なくなるため、春の風は穏やかなのです。しかし、春は高気圧と低気圧が交互にやってくるので、気圧配置は毎日のようにかわります。そのため春の風向きは変わりやすく、また低気圧が急に発達して、ときには嵐をもたらすこともあります。春一番のように強い南風が吹き荒れることもあるのです。

街路樹

街路樹

この時期、町中を歩いていると、公園や道に植えられた木の芽が少しずつ膨らんでいるのを見つけたりして、春が近づいてくるのを感じることができます。ふだん何気なく見かける街路樹にも、実はちゃんとした役目があるのです。暑い夏、街路樹はたくさんの葉を茂らせ、目いっぱいの日差しを受けようとします。このことは、その下にいる私たちにとって強い日差しを遮り、涼しさをもたらすものとして役立ちます。特にヒートアイランド現象で気温が高くなりがちな都会では、気温を下げる役割のある緑地の働きは重要なものです。一方、寒い冬、街路樹は葉を落とすことでその下に日だまりをつくります。このことは下を行く人々に暖かな日の光を与えて、寒さを和らげています。街路樹にはこの他にも、季節感の乏しい都会に季節の移り変わりを知らせて、人々の心を和ませる働きもあります。アスファルトとコンクリートでできた人工的な街にも、街路樹があるとほっと安らいだ気持ちになれるものです。

桜の名前の由来

桜の名前の由来

3月も半ばに入り、桜がいつごろ開花するのか気になる時期になりました。気象庁から発表される開花の対象となっている桜は、沖縄のヒカンザクラと北海道のエゾヤマザクラ、チシマザクラを除いてすべてソメイヨシノという品種です。ソメイヨシノは葉より先に花が咲き、花つきが多く華やかなこともあって、多くの公園や並木に利用されており、人々に親しまれている、日本の代表的な桜といえるでしょう。このソメイヨシノは、江戸時代にオオシマザクラとエドヒガンザクラを交配して作られたと言われています。当時から吉野山(奈良県)の桜の美しさは有名でしたが、交通事情などにより江戸から吉野山へ行くことはたいへん困難なことでした。そこで江戸染井村(現在の東京都豊島区)の植木商が、「吉野桜」という新しい品種の桜をつくり、吉野山へ行かずとも吉野の桜を見られるといって売り出したのです。そして、たちまち吉野桜は上野公園などに数多く植えられることになりました。このため吉野桜は当初、「吉野山の桜」だと江戸の人々に勘違いされていましたが、ある時、染井村の植木商から購入したことが分かり、「ソメイヨシノ」という名が付けられたのです。桜といえばソメイヨシノと、今では定番のように思われていますが、意外とその歴史は浅いものだったのです。