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お天気豆知識(2026年03月23日(月))

日の出と日の入り
日の出と日の入り

日の出や日の入りの時刻は通常、天体の動きなどから計算によって求めることができます。具体的には、太陽の上端が地平線と一致する瞬間を日の出、日の入りの時刻として算出しているのです。
ですから日の出は、東の空が白みはじめて地平線から太陽が顔を覗かせた瞬間で、日の入りは、西の空へ沈んでいく太陽が、地平線の下へ完全に隠れた瞬間になるわけです。
しかし、ここで基準としている地平線では、山や建物などの遮へい物は考慮していません。ですから、そうした太陽を遮るものの影響で、日の出、日の入り時刻は実際とずれることがあるのです。
また、その場所の標高によっても日の出、日の入りの時刻は大きく変わります。例えば日の出時刻で考えると山の頂上など標高の高い所へ移動した方が早くなります。これは標高の高い所から見た方が、太陽ののぼってくる地平線の位置がより低く見えるためです。
また標高以外の影響もあります。東へ行くほど日の出の時刻は早くなり、これは経度で1度あたり4分くらいの割合です。今の時期の東京と福岡で日の出時刻を比べてみると30分以上も東京の日の出の方が早くなります。

月の出と月の入り
月の出と月の入り

太陽と同じように月もまず東の空へ上がって、やがて西の地平線の下へ沈んでいくという動きを繰り返します。
しかし、地球上から見た時、月は太陽よりもすこし複雑な動きをしていて、月の出る時刻や月が沈む時刻は、かなり大きく変わっていくのです。
昼間に出ている白い目立たない月を見かけることがありますが、このように月は昼間に出たり、夜に出たりと変化します。月の出入りの時刻は、平均すると、1日あたり50分くらい遅くなっていきます。
つまり月の出から次の月の出までの時間が24時間以上あって、このため1日のうちに月の出だけで月の入りがない日や逆に月の入りだけで月の出がない日が存在したりもするのです。
また、日の出と日の入りは太陽の上端が地平線と一致する瞬間ですが、月の場合は満ち欠けがあるため、細い月だったりすると、月の上端がどこなのか曖昧になってしまいます。
このため、月の出、月の入りの定義についても太陽とは違いがあり、月はその中心をもとに考えます。月の中心が地平線と接する瞬間をそれぞれ月の出、月の入りとして、月の出、月の入りの時刻を計算するのです。

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お天気豆知識

入浴の効果

入浴の効果

寒い季節は、お風呂のあたたかさが何より心地よく感じます。湯ぶねにゆったりとつかって体をあたためると、血管が広がって血液の循環がよくなり、新陳代謝を高める効果が期待できますが、入浴にはそのほかにもさまざまな効果があります。水中では水面からの深さに応じて体に水圧がかかります。そのため筋肉や関節がほぐされてマッサージのような効果を生んだり、血液が心臓に戻ることを助けてうっ血を解消してくれます。さらに、湯に深くつかれば水の浮力によって、人間の体は10分の1程度の軽さになり、手足や関節にかかる負担が少なくなります。重力から解放されることで体の疲労や緊張を解きほぐし、心もリラックスさせてくれるのです。お風呂はゆっくりつかるだけで、心と体をいやして活力を与えてくれるものなのですね。

立冬

立冬

11月7日は立冬です。暦の上では、この日から季節は冬になります。立冬のころは、日差しが一段と弱くなって、昼の時間も目立って短く感じられるようになります。また、天気図を見ても、いわゆる西高東低の冬型の気圧配置が現れる頻度が急に増えてきます。北西の冷たい季節風が吹き、日本海側ではしぐれ、太平洋側では木枯らしが吹いて、各地で冬らしい天候が多くなります。しかし、ときにはほっとするような暖かな小春日和もあって、数日毎に寒暖を繰り返しながら季節は本格的な冬へと移っていきます。

七五三・1

七五三・1

七五三は、もともと武士の家で行われていた儀式にちなんだもので、数え年で男児なら3歳と5歳、女児なら3歳と7歳の成長を祝う行事です。男女3歳は「髪置き(かみおき)の儀」、5歳の男の子に「袴着(はかまぎ)の儀」、7歳の女の子には、「帯解(おびとき)の儀」や「帯直し」があり、いずれも産土神(うぶすながみ)にお参りしました。「髪置き」は、その昔、3歳(数え年なので今の2歳くらいに当たる)までは、子どもの髪を剃っていましたが、3歳になると、髪を剃るのをやめて伸ばし始めるというお祝いでした。「袴着」は、もとは公家の儀式で男女ともに行っていたらしいのですが、武家の間にもこの儀式が広まると、男子の祝いになったようです。そして、「帯解き」は、子どもが着物の付け紐をとって、初めて帯を結ぶお祝いです。江戸中期以降、5歳が男子中心のお祝いになってからは、7歳の女子を中心とした祝いになったようです。いずれの祝いも、帯、あるいは袴の腰ひもを親しい人や親戚の中でも偉い人に結んでもらったそうですから、大人に準じた着衣に整えるという重要な意味を持っていたと思われます。3歳と5歳、そして7歳に行うこれらのお祝いを七五三としてまとめて祝うようになったのは、明治以降、しかも東京でのことと言われています。七五三という言い方もその時にできたようです。